10月のFlyFishing
阿寒湖、秋のアメマス釣、尻駒別湾
釣における1日と言う時間はとても短い。しかも短いくせに継続性がない。遠く昔から未来まで1日たりとも同じ世界は存在しない。同じ場所にいたとしても、過ぎ去った時間は永遠に戻らない。・・・そう知っているけど僕はついつい、昨日と同じ時間を求めてしまう。そして同じ場所へと戻ってきてしまうのである。 夢の続きではない、現実を求めているのだ。たくさんのライズに囲まれている至福の一時を、出来るなら自分を取り囲むようなライズの輪の中にいることを。車の中ではそんなことを考えて眠りについたような気もする。少し温めのビールの不味さも気にならないくらいに疲労している体なのに、たった1日と20時間前のことがとても気持ちのよかったことのように思えてならなかった。 星が瞬くだけだった暗闇が蒼みを増してきていた。もうすぐ夜が明ける。湖岸には少しだけ風が吹いていて、広く伸びたような皺が岸へと運ばれてくる。ピッと言う電子音は4度を指していた。もう一度湖面へ向かって電子音を放った。11度と出ている。釣にはベストなコンディションである。 船が着いた先の湖面も同じようにいくつもの皺が広がっていた。じっくり観察するがライズは見られなかった。ため息交じりで船を降りて、湖岸を目指した。先に来ていた釣り人の投じるラインの音がかすかに届いてくる。太古の森から流れ込んでくる冷たい水はこの湖の生命を担っているかのように清らかに静かだった。その先の遥か遠くで、黒いシルエットが跳ねた。
どう?少しかっこよかった、なんだか釣小説みたいでしょう(笑)早い話が、釣欲にストップは掛けられん、と言うことですね。デモそれだけ阿寒湖は僕にとっては魅力的な湖なんだよ。支笏湖とか大雪湖とか屈斜路湖・・北海道にはたくさんの湖やダム湖、沼があるけれど、僕にとってのナンバーワンは阿寒湖。なんて言ったて、僕の湖釣のHome of Flyfishing なのだからね。近頃は阿寒湖も釣り人が少なくなったような気もするけれど、これも正直言えば嬉しい。隣と数mの間隔で釣をするって言うのは、落ち着かないし、そのライズは俺のものだよって、思っちゃうからね。やっぱり、大きなアメマスをたくさん釣りたい、って言うのが本音です。 今日の釣はストリーマフィッシング。ルースニングはやはり好きじゃないんだよなぁ。特に湖でのルースニングって、なんだか一遍で釣堀気分になっちゃうんだよね。これだけ広い湖の美しい山を前にしも、視線の先は湖面のごく小さな一点だけ。リトリーブの釣は見ている世界が広く感じる。釣は頭と指に集中しているだけで、目は好きなものを見ていられる。僕がリトリーブの釣を好きな理由はこんなところにもあるんだと思う。
それにしてもショートバイト。追ってきているのはなんとなく感じるけれど、咥えた感触がほとんどこない。でもピックアップ寸前にバイトしたりするから、食わない、と言うわけではなさそうだ。はやりどこかに問題があるのだろう。それはフライの色なのか、サイズなのか、リトリーブのスピードなのか、層なのか、もしかするとラインの色なのか。ありとあらゆる情報を頭に集中したが、答えは見つけ出せない。 この湖のこのポイント全体が活性の悪さを示していた。時折暴れる音で横を向けば、誰かがヒットしている。しかしそれは全員には伝わらない。しばらくするとまた誰かのロッドが曲がっている。もちろん自分の番もやっては来る。だが・・・・・・
釣は難しいほうが印象に残る。爆釣した記憶はすぐに薄れてゆくが、背中に不快な汗を感じながら釣りあげた1本は何ものにも変えがたい記憶として残る。しかし今日の釣は何も残らないだろうと思う。「釣れた、釣れなかった」の記憶の外にある阿寒湖の釣。音別川の河口のように魚がいるけれど釣れない、たくさんの釣り人に攻められてナーバスになったから釣れない。そういうシビアさではない。生き物の強かさが見取れる鱒の動き、とでも言っておこうか。きっとここにいるアメマスは自分の好きなものだけを食べているのだろうと思う。それもみな同じように同じものを食べているのではなくて、バラバラなのだ。つまりは個性的な食性が故の釣れなさかげんなのである。
不思議で楽しい釣、ストレスがないわけではないが「やられたなぁ〜」と思える釣。だからまた明日も行きたくなるのだ。
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