釣り場と環境について考える・・

釣り人と釣場

明日の釣


砂防ダムなんて要らない・・正しい環境を取り戻そう


砂防ダムを考えるその1


知床世界遺産登録で注目を浴びたのが世界遺産登録地では始めての「砂防ダム」の存在だ。今回は北海道新聞2006年11月8日から朝刊に掲載された特集「川が壊れる」にスポットを当ててみた。

川が壊れる・・・「砂防ダムの功罪」というサブタイトルがついているようにこれらの砂防ダムは建設当時は戦後と言うこともあって日本全体に普及した公共工事のひとつで高度成長という波に乗ってどんどん規模が拡大されていった。


本文抜粋

土砂遮断・・河岸えぐられ次々倒木

知床半島の世界遺産登録の可否を調査している国際自然保護連合(IUCN)は日本政府に対し、知床の大きな問題点のひとつとしてダムの存在を挙げた。政府は「撤去困難」と回答したがIUCNは納得するのか。砂防ダムの功罪を検証した。・・・・・・岩尾別川に十三基ある砂防ダムのひとつでは登ることの出来ない壁を何度も無駄なジャンプを繰り返していたとの内容があって・・・砂防ダムは世界遺産推薦地域全体には五十基がある。


環境省などによる世界遺産候補地管理計画が知床の魅力としてうたった「原始性」「優れた自然景観」とは相いれないコンクリート製のダム。七月に現地調査したIUCNのシェパード保護地域事業部長が違和感を覚え、政府に一部の撤去を求めたたのは無理もなかった。「通常、世界遺産にダムはない」シェパード氏は取材でそう語った。砂防ダムは渓流を流れる土砂をせき止め、下流に災害が及ぶのを防いだり、山の森林を守り育てたりする施設。性格には
国土交通省が管轄する砂防ダムと林野庁の治山ダムに分けられるが工法はほぼ同じで、研究書でも「砂防ダム」と総称される。


日本は戦時中の空襲や乱伐で山野が荒廃し、戦後まもなく土砂崩れなどの大災害が相次いだ。これを防ぐ砂防事業は高度成長の流れにも乗って加速し、2002年度までに国交省管轄だけで90647基ダムが全国に造られた。砂防事業のおかげで土砂災害は激減した。しかし近年、ダムが自然環境に悪影響を与えていることが研究者から指摘されている。渡島管内八雲町在住の写真家稗田一俊さん(56)は知床など道内各地で撮影を続けるうち、川の景観が急速に変化していることに気が付いた。「川の底がどんどん深くなり、岸もえぐられ、次々と倒れている。川が壊れてきているのです」岩尾別川の下流や中流を歩くと、確かに、川べりの木の根の下がえぐられ、今にも倒れそうになっているのを幾つも見かける。

答申でも問題点

岩尾別で生まれ育ったウトロの陶芸家本田剛嗣さん(49)も流域の変ぼうを感じている。「昔は川べりを歩くと、木の茂しが川の両側から頭の上に覆い被さって空が殆ど見えなかった。でも、今は川幅が広がってしまった」


北大大学院の中村太士教授は「砂防ダムが下流への土砂の供給をやめてしまい、ダムの上から川の水が落ちる勢いもあって、下流では底が掘られて、河床低下が起きることがある。砂利採取なども影響している」と、説明する。


政府の諮問機関・河川審議会も1996年の答申で、「河川低下」を河川環境の問題点として明記した。知床の山深く、いくつも造られた砂防ダム。コンクリートの壁が壊しているのは、川だけではなく、そこに住む生物や海にまで及んでいる。


知床世界遺産推薦地にある砂防ダム
岩尾別川13基、ポンブタ川7基、ルシャ川3基、オショロッコ川1基、アイドマリ川2基、モセカルベツ川6基、オッカバケ川2基、チトライ川2基、羅臼川14基

コメント・・掲載記事をウェブ上の載せる行為は違法ですが、記事を活用してそれに対するコメントを入れる場合は問題がないと認識しておりますが、掲載に関するクレームがある場合は掲載を中止いたします。

北海道で釣って鱒としてのコメント

見事な数の砂防ダムである。知床へ初めて行った時に羅臼川へ釣に出かけた、町の真ん中に流れる川のなかで幾段ものコンクリートが並んでいるのを不自然に感じたものだ、秘境というにはあまりにも人工物が多かった。正直キャンプ場にしても熊の湯にしても作れたもの、と言う感覚が抜けなかった。熊など野生動物のネイティブさとは全く正反対な羅臼、そんな印象があった。世界遺産と言えども維持するのは人間だ。砂防を取り除いたからと言って、本来持ち合わせている自然に対する意識改革として体にどっかり座っているダムを取り除かなくては本当の意味で川の回復はない。それから世界遺産登録でも良いような気が私はします。


砂防ダムを考えるその2


知床世界遺産登録で注目を浴びたのが世界遺産登録地では始めての「砂防ダム」の存在だ。今回は北海道新聞11月10日から朝刊に掲載された特集「川が壊れる」にスポットを当ててみた。随時更新予定


川が壊れる

砂防ダムの功罪・・・その2


記事抜粋

分断・・「海との往来」失う魚

「サケのふるさとと言う知床の川のイメージとは全く違う」5年前から知床半島のさまざまな河川で多くの魚類の調査に参加してきた桑原禎知さん(33)は川を歩くたび、砂防ダムの存在を苦々しく思う。知床にあるダムは、世界遺産推薦地だけで五十基。全体では三百を超え、川はどこもかしこもダムで細切れに分断されている。

上流で消えた姿

桑原さんは川の魚の生態を撮影するうち、あることに気付いた。砂防ダムより上流では、オショロコマ以外の魚を見ることが出来ないのだ。オショロコマは北海道にしか生息しない岩魚の仲間。普通は海に回遊せず、山岳地帯の川の源流部や知床半島に多い。オショロコマ以外の魚はどこに消えたのだろうか。


独立行政法人・北海道区水産研究所(釧路市)の研究員森田健太郎さん(30)は1998年から5年かけて、北海道南部の三十八水系百地点で魚類調査を行った。ダムのない自然な川とダムで海と分断された川との比較が目的だった。森田さんは今年5月、その結果を他の研究者の考察と共に、「ダム構築による河川分断化がもたらすもの」(文一出版)「サケマスの生態と進化」(所収)にまとめた。それによると、ダムのない川ではイワナ、ウグイ、サクラマス、アユなど十八種の魚を確認できたのに、ダムで分断された川の上流では、イワナやエゾウグイなど六種しか見ることが出来なかった。道内の淡水魚の80%は海と川を行き来している。そうした魚はダムで川に閉じ込められると生きて行けない。オショロコマやイワナは海に回遊しないために、ダムの上流でも生き残ることが出来た。だがダムはオショロコマやイワナにも悪事を働く。ダムで狭い区域に閉じ込められたイワナの集団では、大型の雄が雌を独占する一夫多妻の傾向が出て、遺伝的劣化が進むことがある。背びれや胸鰭が欠けるなどの奇形が生じ、やがてイワナの集団は絶滅する可能性が高まる。


こうしたダムによる「分断」の問題は十数年前から強く指摘され、知床の世界遺産推薦地内にある砂防ダムのうち唯一、網走管内斜里町の岩尾別川のダムには魚道が造られている。ところが、造った後、川の流れが変わり、魚道から三メータほど離れてしまった上に、土砂が溜まり、魚道は殆ど通ることが出来ない。魚道の大きな問題点は、維持管理態勢が欠如していることだ。


関連記事・・・知床半島でのシロサケ遡上調査関して



北海道で釣って鱒としてのコメント

私は森田さんらが書き上げた「ダム構築による・・」を読んではいないのではっきりした事はいえないが。ここで表記されているダムと言うのは全て砂防なのだろうか。私たちが普通目にするダムは貯水ダムと呼ばれ、水を溜める為に作られています。高さ14m以上のものを貯水ダムといい、それ以下のものを堰提といいます。利用目的は、発電、治水、利水など多目的です。 


一方、砂防ダムは土砂を貯めることが目的で、高さ約7m以上のものを砂防ダムといい、それ以下のものを砂防堰提といいます。その働きは、土砂を貯める事や、貯砂量の10〜50%の土砂を一時的に貯え調整したり、河床勾配を緩くして河の侵食を防ぐなど、土砂の流出制御に用いられています。その結果、災害を防止したり、下流にある貯水ダムの堆砂を防ぐために建設されています。・・・渓流保護ネットワークの砂防ダムQ&Aより


だからと言ってダム自体の正当性を訴えるつもりはない。治水といえども不要なダムは無数にあるし、魚類に与える影響は大きいのである。しかしながら全ての魚類がダムで寸断されると生きてゆけないというのではない。大きなダムの場合はキャパシティが前提だが鱒類は海に見立てて世代交代をしている。遺伝的な交配は確かに濃くなってゆくが海にくだらないオショロコマやイワナなら条件は同じではないだろうか。


こうした新聞の記事が100%正しいとは言えないまでも砂防の不要な内容については「渓流保護ネットワーク」を見てみると良いだろう。またダム全体に関しては「日本ダム協会」がよいだろう


日本ほど、北海道ほどダム建設に関して無関心な地域、人間はない、とさえ言われている。この無関心さが今の現状を表しているのだ。したがって造るだけ造って放置しているダムを改善したり取り除いたりするにしても具体的な方向性が出るには相当な時間がかかる。造る予算が気軽に組めた時代とは違うと言うことも理由だろう。しかし知床の世界遺産登録と言うことがトリガーになってダムの撤廃や改良する方向へ世論が流れることは望ましいと思う。


砂防ダムを考える・・・その3

知床世界遺産登録で注目を浴びたのが世界遺産登録地では始めての「砂防ダム」の存在だ。今回は北海道新聞11月10日から朝刊に掲載された特集「川が壊れる」にスポットを当ててみた。随時更新予定


川が壊れる

砂防ダムの功罪


記事抜粋

浜の異変・・砂利を止め泥は海へ

根室管内羅臼町の昆布漁家に生まれたA子さん(四八)は二十五年前、同じ町内で昆布漁を営む男性と結婚した。「嫁に来て、昆布干しを手伝ったら、干す前に昆布を洗うから、変だと思ったの。私が実家にいた頃そんなことしなかった。昆布は浜に水揚げしたら、すぐ干すもんだったよ。」


羅臼の漁師たちは二、三十年前から、昆布に付く泥に気づき始めたという。泥をブラシでよく落とさなければ商品にならない。やがて、専用の洗浄器も登場したが、泥の付き方はさらに多くなり、洗浄器に何度も通した上、手で洗うことさえある。高級品とされる、味は変わらないが、漁師たちを不安がらせている。「海の公害なの」かなと思ってた」とA子さん。


もう一漁師たちが気にしていることがある。昆布の干し場に敷く浜の砂利がなくなってきているのだ。昔は海の波が砂利を浜に打ち上げてくれたが、今は山などから運んできて敷くこともある。海岸のいたるところには、砂利流失の為の消波ブロックが置かれている。昆布に付く泥と、海岸からなくなってきている砂利。浜で起きている異変に、砂防ダムが関わっている疑いがある。林野庁関係者は「ダムは川の流れを緩くすることも目的。流れが遅くなれば、小さい粒子の泥だけが流れ、砂利が流れていかないのは当然だが、そうしたことは配慮してこなかった」と話す。大きい岩や砂利はせき止め、細かい砂や泥だけを下流に流す砂防ダム。その効果は「ふるい」に似ている。さらに下流では川底や川岸が削られる「河床低下」で泥が流れ、ダム建設に伴う様々な工事で生じた泥も加わる。


宇都宮大の鈴木勇二教授(砂防工学)は「砂防・治山ダムで長期にわたって下流への土砂の供給がなくなれば、羅臼の浜のように、海岸の土砂がなくなる可能性はある。ただ、ダムに土砂が満杯まで溜まった後も上流から土砂が流れてくるような山であれば、土砂はダムの下まで流れる」と解説する。

生態系にも影響

砂防ダムは土砂だけでなく、海の生物にとって必要な栄養素も遮断しているとする説もある。ベストセラー「森が消えれば海も死ぬ」(講談社ブルーバックス)の著者、松永勝彦北大名誉教授(環境情報学、四日市大教授)は、川の上流の森林の腐葉土が作り出す「フルボ酸鉄」が海の植物プランクトンを活性化し、昆布などの海草を豊かに育てると主張する。松永名誉教授は「砂防ダムを造れば、おおむね、下流に流れるフルボ酸鉄は減り、海洋生物に悪い影響がある」と話す。松永名誉教授の仮説に異議を唱える研究者もいるが、川の上流の環境が海洋まで影響を与えている可能性については、多くの学者が研究の必要性を訴え始めている。


富山県立大短大の高橋剛一郎助教授(環境システム工学)は「渓流生態砂防額」(東京大学出版会)で「(ダムなどの)砂防工作物が土砂・有機物・動物の移動を抑制し、山地から海まで連続している生態系に影響を与えている可能性は否定できない」と指摘する。


羅臼のA子さんの夫(55)はベテランの昆布漁師。「海の中で、河口に近い、真水の走るところには、いい昆布が生え、いいウニもいる。川からいい栄養が来ているんだ」と言う。漁師たちの経験と直感は、研究者の知恵に先んじているのかもしれない。

北海道で釣って鱒としてのコメント

今では一般的になりつつある、森と海の関係は、日本のような自然環境化では本当に大きな意味合いを持ちます。数十年の間に極端に日本近海での漁獲高が、落ち込んでいる経済的影響も無関係ではありません。もちろん取り過ぎと言う事もあるでしょうが、森が減っている状況がさらに助長しているもいえます。


砂防ダムを考える・・・その4

知床世界遺産登録で注目を浴びたのが世界遺産登録地では始めての「砂防ダム」の存在だ。今回は北海道新聞11月10日から朝刊に掲載された特集「川が壊れる」にスポットを当ててみた。随時更新予定


川が壊れる

砂防ダムの功罪


記事抜粋

大転換・・「まず治山」緑化に成果

「これは川ではない、滝だ!」1891年(明治二十四年)七月、富山湾に注ぐ常願寺川上流。日本の治水・砂防・治山事業の基礎を築いた、「お雇い外国人」のヨハネ・デ・レーケは視察に訪れた川のあまりの急流ぶりに驚き、そう叫んだ、とする逸話がある。

オランダ式断念

デ・レーケの故国オランダは正式国名が「ネーデルランド(低地の国)」とあるように、北海沿岸の低地にある国。日本の川を見て、自分の国との違いに目を見張った、というのはありそうな話だが、「急流だ!」と言ったのを誇張して翻訳されたとか、実際に発言したのは富山県の職員だった・・などの異説もあり、事実かどうかは定かではない。ただ、この話は明治時代に起きた日本の治水事業の大転換を象徴している。


北大大学院の中村太士教授(森林管理保全学)によると、明治初期の河川管理の方法はオランダの技術を導入した「低水工事」だった。川の水位が低い時期を基準とし、物資輸送の中心を担っていた船が安全に通れるよう、安定した水量と水深を確保することを主な目的とした。デ・レーケが重視したのは、川上流部の山地に緑を回復させ、保水能力を高めることだった。山の土砂が流れるのを抑え、土を安定させ、植林して緑を育てるため、砂防ダムを造った。デ・レーケによるこの基本方針は現代に至るまで本質的には変わっていない。中村教授は「砂防・治山とは、荒廃した山に緑を復元する思想なんですよ」と説明する。山の土砂を押さえ込む事業は、太平洋戦争敗戦後の大規模土砂災害のラッシュに対応し、さらに急務となった。

土砂止め緑戻る

「ともかく、土砂を止めろ!というのが最重要課題だった。砂防ダムを次々と造っていったのは当時としてはやむを得なかった」と中村教授は言う。東京農業大の大田猛彦教授(森林総合科学)は大学の授業で「今の日本では数百年、あるいは千年ぶりの緑がよみがえっている」という話をしたら、学生たちが目を丸くした−という話を「渓流生態砂防学」(東京大学出版会)で紹介している。デ・レーケ以来の砂防事業が災害を減らし、荒れ果てた日本の国土に緑を取り戻したのは大きな成果だった。知床半島沿岸でサケ・マス定置網漁に携わる網走管内斜里町ウトロの大瀬初三郎さん(69)は、番屋近くを流れるルシャ川に砂防ダムがなかった昔のことを覚えている。「大雨が降ると、川から濁流が広がって、木の生えるところまでマスが泳ぎ回っていた」大瀬さんら漁師たちが土砂災害の心配なく漁を出来るのは、砂防ダムのおかげなのは間違いない。「でも、ある時期から砂防事業は行き過ぎたと思う」中村教授は言った。

北海道で釣って鱒としてのコメント

砂防ダム=公共工事と言う側面は、戦争後の復興に大きな役割を担っていたことは、我々の知るところだ。国が一丸となっている背景には、それを支持する国民の姿がある。ノーと言い出せなかった国民性というものが、今でも背景にある。


しかし気づいてしまった以上は、猶予を与えることは出来ない。我々にとって必要か不要かと言う問題ではなく、自然にとってあるべき姿はどれなのかを考える必要がある。